|
ミヒャエル・エンデ Michael Ende |
主な作品
『モモ』のあらすじ
日本語では以下の書籍が入手できます。
| 1929年 | 11月12日、ドイツのバイエルン州ガルミッシュで生まれる。父は画家エトガー・エンデ この頃からナチは急速に力を伸ばし、ミヒャエルが小学校に入学する頃エトガーは退廃芸術家の烙印を押され、生活は苦しくなった。 |
| 1941年 | ギムナジウム一年で落第。 |
| 1945年 | 終戦間際に14歳の少年ミヒャエルにも召集令状が来るが、令状を破り、学童疎開先からミュンヒェンの母の元へ逃亡。このことについて自分の考えではなく両親の影響である、とエンデは強調している。その後近所に住むイエズス会の神父の依頼を引き受けて、ミュンヒェン自由運動という反ナチ運動を手伝い、終戦まで伝令として瓦礫のミュンヒェンを自転車で駆け回った。 |
| 1948年 | 戦後に転入したシュタイナー学校を卒業を前に退学、演劇学校に入学。 |
| 1950年 | 演劇学校卒業 1シーズンだけ舞台に立つが端役ばかり。 |
| 1951年 | 後に妻となる女優インゲボルク・ホフマンと知り合う。 |
| 1953年 | 父、息子とほぼ同年の女性と同棲、エンデは絶望した母を精神的、経済的に支える。 |
| 1961年 | 前年に出版された『ジム・ボタンの機関車大旅行』がドイツ児童文学賞をとり、ようやく生活が安定。 |
| 1964年 | インゲボルク・ホフマンとローマで結婚。以後イタリアに住む。 |
| 1972年 | 『モモ』完成。 |
| 1977年 | 初訪日。能や歌舞伎を鑑賞。禅僧との対談で感銘を受ける。 |
| 1979年 | 『はてしない物語』完成。 |
| 1985年 | 妻急逝。イタリアからミュンヒェンに戻る。周囲にドイツ語を話す人がいなくなったため、自分のドイツ語に危機感を持ったのが帰国の理由。 |
| 1989年 | エンデ父子展のため来日。佐藤真理子氏と結婚。 |
| 1995年 | 8月28日 永眠 |